【知っていますか?】ねことの暮らしについて

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この記事は約7分で読めます。

本記事では、意外に知らない人が多い年老いてきたねことの暮らしについて

わたしの体験談を記事にしています。

少しでも、みなさんのねこちゃんとの今後の暮らしに参考になれば幸いです。

ねことの向き合い方について

にゃらティブについて語りたいと思います。

現在、我が家では黒猫2匹と一緒に暮らしていいます。

名前は、左が「くろ」男の子と右が「こも」女の子です。

私は、今とても幸せに暮らしています。

わたしのTwitterアカウントは、この子たちの名前を合わせて「クロコモ」です。

この子たちは、保護猫です。

今回は、みなさんのおうちの猫ちゃんが病気や老猫になった時の向き合い方について

少しでも参考になればと思い記事にさせていただきました。

この話をすると今でも涙ぐんでしまいますが….

わたしの体験談が猫と暮らしていらっしゃる方のお役に立てればと思い記事にしました。

あくまでも、私は現在の子達と幸せに暮らしているということを前提に

記事を読んでいただければと思います。

それでは、はじめていきますね。

我が家では、黒猫たちの前に別の猫たちと暮らしていました。

もも 享年17歳  ゆき 享年16歳

この子たちも、保護猫でした。

この子たちとの出会いは、20年前にももを保護(当時推定生後2ヶ月)

その2年後に、ゆきを保護(当時推定2歳)

ももは、保護当時から人懐っこくてわたしの体の上でくつろぐのが常で、

夜に寝るときは、必ずわたしの布団に入りたくて右手で「シャシャ」と合図をしてきました。

布団をあげてあげると、入ってきてわたしの右脇に頭を置いて寝るのが日課でした。

その時間が、わたしにとってもすごくしあわせな時間でした。

わたしは、朝目覚めると必ずももにかける言葉がありました。

1日でも元気に長生きしてね」そう言って頭をなでていました。

一方、ゆきはとても性格が怖がりで、保護当初から部屋の隅で

カーテンに頭を隠して尻隠さずの日常でした。

ゆきが心を許してくれたのは、保護してから約2年ほどかかりました。

完全に心を許してくれたわけではないけど、体をさわらしてくれたり毛をブラッシングしても

気持ちよさそうにしてくれました。

とくに大きな病気もせず、しあわせな時間が16年ほど経ったある日、

突然の病魔がももの身体を襲いました…

わたしが、仕事から帰るといつもはあるはずのお出迎えがなかったのです。

おかしいなと思いつつ、玄関からリビングのドアを開けると床にうずくまって

動けなくなっているももが、わたしの目に飛び込んできました。

ももー!

わたしは、ももに慌てて声をかけるとすごく苦しそうな声で「フニャー!!」とももが訴えてきました。

そして、ももの体を確認しようとした瞬間なんと……!

ももは失禁していたんです。

これは、ただ事ではないとすぐにかかりつけの動物病院に電話しました。その時、時間はすで18:30。

動物病院の診療終了時間は、18:00。

1コール、2コール……10コール ダメか……

それでもわたしは、諦めず電話を鳴らし続けました。

頼む、出てくれ」 わたしは必死に心で願いました。

もう何コール鳴らしたかわかりませんが、あきらめかけたその時

はい、〇〇動物病院です。

つながった……!!

診療時間が過ぎているのは、承知で受付の方に

うちの猫が、失禁して動けなくなってるんです!

わたしの尋常じゃない訴えにすぐ、察知してくれたみたいで「すぐに連れてきてください。

と言ってくださり、わたしはすぐに動物病院に連れていきました。

動物病院に着くと待ち構えていた先生にすぐ診察していただけました。

先生は、ももの後脚の付け根を触るとこう言いました。

おそらく血栓症です。一刻を争うのですぐに救急病院に連れて行ってください。

幸いなことに、最近できたばかりの救急病院が車で5分ほどの場所にありますと

紹介していただき、すぐに救急病院に連れていきました。

病院に着くとすぐに、ももの治療が始まりました。

30分ほど待つと担当の先生が診察室から出てきてこうおっしゃいました。

血栓をとかす注射をしたので、命はもう大丈夫です。その代わりどこかに後遺症が残るかもしれません

と言われたのですが、もう命が助かっただけでも本当に嬉しくて喜んだことを

今でも覚えています。

ももは、治療後3日間入院した後、無事に退院しました。

先生のおっしゃった通り、ももは血栓になった左後脚の先端が後遺症で麻痺したままになりました。

それでも幸いなことに切断はしなくても大丈夫ということで、そのまま生活することになりました。

猫は、いや動物は強いですね。

そんな麻痺したことなど全く気にせず、今まで通りに生活していました。

でも同時に、血栓症になるとそんなに長く生きられないということも

いろいろな記事を読んでわかっていました。

だから、わたしは後悔しないようにこれからのももとの生活を1日1日大事に過ごしました

そして血栓症発症から半年ほど経った頃、原因は分かりませんが、

ももが、いつも通り歩いていると壁の方に向かってぶつかりそうになったのを見て

「あれっ」と思い、ももの目の前で手を振ると反応しなかったんです。

わたしは、目が見えなくなったということに気づきました。

わたしたちの顔が見えなくなって不安なのか、ももはその頃からよく鳴くようになりました。

そして、次第に食欲も落ちてみるみる痩せていったのです。

なんとか薬を飲ませないといけないので、少しでもとスポイトでご飯を口の中に入れました。

無理にご飯を食べさせ、嫌がる薬を飲ませる毎日。

正直、とても辛かったです……泣

日が経つにつれ、トイレ以外では動かなくなってしまいました。

トイレをするのも目が見えないので、トイレまで誘導してあげて体を支えて補助をして

何とかトイレをするというような生活になりました。

同時に、ゆきも老齢のため足腰が弱くなり寝たきりになってしまい、オムツ生活が始まりました。

「1日3回オムツを変え、ご飯も食べれなくなったので1日2回の点滴をする毎日」

この生活は、正直本当に大変でした。

でも、悔いのないように全力でお世話をしました。

そして血栓発症から、約9ヶ月後の2016年3月29日にももは虹の橋を渡っていきました……

わたしは、人生で一番泣きました……

けど、わたしに悔いはありませんでした。

ももには、できる限りのことをしてあげれたという気持ちがあったからです。

そして、ももが亡くなってから約2ヶ月後の5月20日にゆきも虹の橋を渡っていきました……

老衰でした。

ももが亡くなって52日後でした。

ももの49日が過ぎた頃でしたので、

もしかしたら、ももが迎えにきたのかなと今でも考えています。

もう亡くなってから6年以上が経ちますが、いまだにあの子たちを思い出すと

涙ぐんでしまいます……

それほど、大きな存在だったのかなと……

「もも」「ゆき」とてもしあわせな時間をありがとう……

ここまでが、わたしのにゃらティブでした。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

わたしがこの記事を書きたいと思ったのは、昨今、病気や老猫になったからといって

今まで家族のように暮らしてきた子を平気で捨てていく人たちがいることに

すごく悲しい気持ちになったからです。

動物の介護を経験した方にはわかっていただけると思いますが、ほんとに大変です。

想像している以上に大変なんです。

これからもし、家族としてお迎えしようとお考えの方がいらっしゃいましたら、

今一度、最後まで看取るという覚悟を深く深くお願い致します。

お家に迎え入れた以上、その子は大事な家族なんです。

だから見捨てないであげてください。

もちろん、今この記事を読んでいただいている方にそんなひどいことをする方は

いないと信じています。

それでは、ありがとうございました。

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クロコモ

NFTクリエイター|LLACブログ猫|LLACで人生をアップデート中| CNP,APP,CNPJ保有|NFT含み益7桁|ビットコイン,イーサリアム積立運用中|仮想通貨やNFTの情報をわかりやすく記事にしています|NFTプロジェクト情報や取引所口座開設などの記事を初心者向けに発信しています。

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